自己表現としての「書く」ことについて

あなたはここにいるのに、ここにいない。

体はあるのに、声も聞けるのに、確かに、あなた自身はそこにいない感覚というものがある。

 

例えば、二人で食事をしている。メッセージでやりとりをしている。第三者を含んでテーブルを囲んでいる。そんな時、人は自分自身について話すことや、相手について質問をしたりというコミュニケーションが発生する。

当たり前のようなことだが、コミュニケーションとはこちらが投げた球を相手が受け取り、それに対して感じた球を投げ返し、また相手から球が帰ってくる……といったキャッチボールだ。何気なく投げる球か、握りしめていた球を勇気を持ってぶん投げるのかは、私と相手の関係性や、状況によって異なる。

 

そういったコミュニケーションの場面の中で、

話題には事欠かないのだが、それに対するその人の感情や意見は聞けないので、話は平行線を辿り、次の話題から次の話題へと移り、永遠に深まることはない、と言った現象に出会う。その人が話しているようで、話していることは誰かが言ったことや、取り繕うように出てきた、意味を持たない言葉の羅列だったりするので、私は「あなたはここにいるのに、生身のあなたは、ここにいない」と感じるのだ。

 

そんな時、私はとても悲しくなる。なぜなら、私はここにいるのに、あなたはそこにいないから、まるで一人で話し続けているような寂しい気持ちになるのだ。

 

人に見せる見せないは別として、自分の感じたことを書いてみよう、と思い立ったのは、言葉を紡げる人への憧れと、一方で津波のように押し寄せる自分の想いや感覚に翻弄されることが度々あり、その処理にどうしようもなく困ったことがきっかけだった。

 

はじめは、ただ感じたことの羅列だった。吐き出して一時的にすっきりはしても、新しい発見はない。その日あったコミュニケーションを思い出すし、その場で表現できなかった想いを書き連ねていく内に、自分自身がどのように感じていたのか、感情の語彙力が必要なことに気付いた。

 

イラついた。焦燥感を感じた。不安だった。寂しかった。もどかしかった。情けなかった。罪悪感を感じた。

そうして感情のレパートリーを増やすと、自分の中に問いが生まれていく。

「なぜあの時怒りを感じたのか。何が私をあんなにも動揺させたのか。」

そうして自身の想いを紐解く内に、激しい感情に襲われた時にもそれに翻弄されることなく、自分の中でまず考えてみること、どうしてそう感じたのかと問うてみることを覚えていった。

 

そうしている内に、自分が考えたことを外に出してみたいと思うようになった。

他人から見た私という人間に対する情報は少なく、誰かにこの想いを理解してほしいと思っても、口でうまく説明ができなければそれは伝わらない。

書くことで私という人間の想いが文章に乗って誰かに届き理解を得られた時、私は初めて、自分自身が表現することによって人と繋がり、理解されたことを通して、自分を理解するようになった。

 

仕事がうまくいかない、未来が見えない、身近な人との関係がうまく行かない。何よりどうしてこんなにも苦しいのか、そんな想いに向き合おうと決める時、とてつもないエネルギーを使い、残酷な現実と向き合う。

 

苦しい日々の中で更にそんな苦しいことをするよりも、その現実を見ないようにする手段は世の中に溢れている。動画、SNS、漫画、小説。コンテンツは時に人を救い、勇気を与える一方で、現実から逃避するための手段として消費される。それ自体に良い、悪いはないように思う。

 

ただ、そうして現実の問題から目を背けながらも、私たちは現実を生きなければならない。使いすぎた月のカードの請求金額を見るのが怖いように、気まずい相手との衝突を避け続けるように、怖いことを先延ばしにして、自分の想いに蓋をして、不安と共に今を生きる。

 

大多数の人が、表現することを教えられて育ってきていないように思う。

幼少期から表現することに肯定的な環境にいて、大人になって無意識にそれをしている人、幼少期から言葉以外の表現手段を持てた人は、表現に慣れている。

しかし、幼少期に感情に蓋をせざるを得ない環境にいた人は、自身の想いを表現することをどうやって良いのかがわからないのだ。

何かを表現することは、センスがなければいけないだとか、人に見せれるものでなければいけないと思い込んでいる人もいる。そうではない。表現は人のためではない。自分のためにするのだ。自分との人間関係が築けていない時に、他者との人間関係が築けるのだろうか。

 

自分の想いを表現することを避け続けると、その周りには同じように避け続ける人が集まる。その方が互いに楽だからだ。けれど、そこには誰もいない。

 私はあなたにここにいてほしい、と思う。

 

あなたの想いを聞かせてほしい。どんなに下手くそでも良いから、私とあなたがここにいることを実感したい、と強く願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界一周、初めて降り立つ国、タイ

2011年の春、私は、タイ・バンコクにあるチャイナタウン・ヤワラートにあるホテルの高層階で地球の歩き方に埋もれながら泣いていた。

怖くて、部屋から出れないのである。

 

タイの主要空港であるスワンナプーム空港に降り立ったのは1日前。

日本人専用のツアーのバスに揺られて、このホテルにたどり着いてから、この部屋を出ていない。食事もしていないので、空腹もそろそろ限界だ。

 

何が悲しくて、はるばるタイまで来てホテルの中で泣いてるかって?

怖かったのだ。タイの雑多な雰囲気が、見慣れぬ景色の全てが。

エレベーターを降りたら殺されるのではないかという気すらしていた。

 

 

当時、どうしても就職活動をする気になれなかった私は、

当時どハマりしていた「地球に恋して」という世界一周を綴った旅ブログに大いに影響されて、大学を1年休講して自分も世界一周という名の下に、「ここにはない何か」を見つけにいく旅に出た。

成田空港で買った、旅人読本の定番である深夜特急を買って。

 

そうして第1カ国目をタイに決めてから格安旅行ツアー会社でホテル付きのツアーを申し込んで、復路の便をキャンセルして次の国、ラオスに向かう予定だった。

 

だが、旅に出て早々これである。

そもそも海外にはツアーで1カ国しか行ったことのなかった私が、

カオスを絵に描いたような東南アジアに降りたつのは、刺激が強すぎた。

というか、孤独だ。せめて、この恐怖感を共有して、「一緒に行こう」と行ってくれる友人さえいれば……と思うのだが、もちろんそんな人はいない。正真正銘一人だ。

 

そもそも世界一周に行こうなんて人は、好奇心と行動力の塊で、社交的なタイプがほとんどである。内気で不安が強いタイプの人間が同じことをしようとするとこうなるんだな、なんて思いながら、外にでるタイミングを伺って、何度も挫折する。

 

2泊3日のツアーの帰国予定の前日夕方。部屋のドアノブに手をかける。廊下には誰もいなかった。部屋を出てしまえば後は進むだけで、以外にも呆気なく外に出る。

派手なネオン、飛び交う異国の言葉、無数のバイクとトゥクトゥク

 

ここはチャイナタウンだ。なんだか、少しだけ横浜中華街に似ていた。

お腹が空きすぎていた私はドキドキしながら一番はじめに目についたバイクタクシーに乗って、市場を目指してもらう。ボラれるのではないかと怯える私を尻目に、バイクタクシーはスイスイと市場を目指していく。

 

景色が流れる。3人乗りのバイクに何台かすれ違う。外はもう暗くなり始めている。異国にいるのだ、と生暖かい風の匂いを嗅ぎながら思う。

 

到着した市場はこじんまりとしていたが、現地の人で溢れていた。

やる気のない店員が手作り感溢れる日本の電化製品のメーカー名が書かれた謎の家電や、スポーツメーカーのロゴが入った偽物と思しき鞄やスニーカーを置く屋台の中で携帯をいじっている。

散々迷って辿りついたタイ風ラーメンの屋台は、現地の人もちらほら食べていて、私も恐る恐る古くなったプラスチックの椅子に座る。

出てきたラーメンを啜る。あぁよかった。ちゃんと美味しい。

どんな味がするかわからない調味料をいれてみる。食べたことのない味がする。

ただご飯を注文して食べれたことが、こんなに嬉しいとは、何事か。

 

外に出れた達成感とお腹が満たされた満足感を感じながら、街を歩く。

少しの勇気を出した私の初めての街歩きは、無事終了した。

 

翌朝、ホテルの前には大型のバスが止まり、お土産を抱えた日本人観光客の人々が続々とバスに乗り込んでいく。私はここでさようならだ。そう思いながら、日本語を話すタイ人の添乗員の男の人に言い出すタイミングを見計らう。

 

忙しそうで、なかなか言い出せない。

第一、ここで私は帰りませんなんて言ったら、変な注目を浴びてしまう。

そうこうしているうちにバスは定刻通り出発する。

もちろん私はしっかり乗ってしまっている。

流れる景色を不安な気持ちで見つめる。

ひょっとしたら私、日本に帰ってしまうんじゃないか。

だって、ツアー客が帰らないなんて、前代未聞じゃないか?

そうこうしている間にバスはあっという間にスワンナプーム空港に到着してしまった。

 

どうしよう。タイミングがない。搭乗手続きの列に並んでしまった。乗るつもりもないのに。チェックインカウンターが目前に迫ってきて、ようやく私は意を決して、列を抜け添乗員さんに告げる。「私、飛行機、乗りません。これから、世界一周、行く」

伝えながら、同時にあぁ、私は世界一周に行くのだ、と、その時になって実感が広がった。

 

添乗員さんは初めてのことだったのだろう、困惑の表情でツアー会社に電話して確認を取っている。不安な気持ちで待つ。

電話切った彼は、タイの一人の青年の顔で、「オッケー! 気をつけて、行ってらっしゃい」と言ってくれた。

 

彼に別れを告げて空港の到着ロビーに戻る。これからどうするかは決めていない。

十数キロある荷物が重い。反対に私の気持ちは軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます

世間が休んでいると思うと安心してだらけることができるのは不思議だなぁ〜。

 

普段からだらけてるんだけど、やっぱりみんなの生活も見えるから無意識に比較しちゃってるんだと思う。年末から年明けにかけてのおこもり準備の雰囲気が好きです。

 

紅白に興奮しつつ、初日の出は雲に隠れつつ、誰もいない地元のお寺で初詣をした。

話題のスポット文喫に行って彼とストレングスファインダーを元に未来会議をしたのが昨日。文喫は六本木の青山ブックス?の跡地にできた有料入場制の書店なのだけど、

1500円払えば時間無制限でナイスなチョイスの本を読み放題。

お金を払って来ている人が多いからかみんな読書に集中していてとても静かだし、

靴を脱いで自宅のように過ごす人も多く、とても良い雰囲気だった。また行きたい。

 

①何が自分を殺すのか知る

時間制限のない日々を生きていると、メリハリを失いやすい。人との約束や時間の強制力は少ないので、自分の意思や行動の結果のみで生活が構成されている。

これはとても自由でストレスフリーな一方で、不自由があるからこそ自由を見いだせるというか、規則正しいリズムを作ることが苦手なタイプには結構きついものもある。

 

私はストレングスファインダーの資質1位が適応性なのだけど、適応性の強みとしては、基本的にどんな状況においても冷静に柔軟に対応ができることや、「今」を重視してその瞬間その瞬間を楽しむことが出来る部分が強いの。

一方でその強みが悪い形ででる時は、「変化がない時」にはモチベーションが上がらず、「忙しい時」にはその時間を感じきることができずストレスがたまる、という…丁度良い自分のバランスやリズムを理解していないと環境にとても左右される、という点。

 

つまり、在宅で仕事をしていたり環境変化が少ない状況が続いてもだめだし、外に出ずっぱりで一つ一つの瞬間がおざなりになっている感覚になってもだめってこと。

 

多分、私は人に強く影響を受けることもあり、定期的に自分を刺激してくれるコミュニティを持つことや、複数の人と仕事で短期的に関われること、今を共に楽しめる仲間がいるってことがどうやらとても大切なことらしい。

これは彼に言われて気付いたのだけど、私の周りにはシェアハウスに住んだり年齢に関係なく海外に行ったりする人も多く(=ではないのだろうけど)、「今を生きている感じの人」に囲まれているよねとのこと。確かに、未来の話をしている人よりも今この瞬間を共に共有出来る人を求めている節は強い。逆に、合理的な話や誰の話なのかわからない一般論の話をしているような人はあまり居ない。実際、そういう人が集まる場所にいくと、頭の中がはてなマークで埋め尽くされることが多く、(私にとっては)「この人たち、何が楽しくてこのおしゃべりをしているのだろう?」と疑問によく思って、孤立感を覚えたりするから、近づかないようにしてる。

 

どんな人の近くにいれば、どんな場所に行けば、どんな動き方をすれば自分がイキイキするのかなってことを知るのがすごく大事だと思った。=何が自分を殺すのか知る、ということでもあるなぁ、と。

 

②ストレングスファインダーはどれくらい深く理解しているかで活かし方が変わる

強みを知ったそのあとは、さてどう活かすかとみんな思うのだけど、

強みを知るっていうことの奥深さを感じることがあったので。

 

会社員の時は上位5つの資質だったのだけど、先日34の資質全てを知れる(下位5つの資質に興味があった)方にチャレンジ。

ストレングスファインダーは、34の資質を4つのグループに分けることができて

人間関係構築力と戦略的思考力、実行力、影響力。

どのグループの資質が上位にくるか、下位にくるかで自分の傾向を知れる。

私は上位3つが人間関係構築力、下位ほぼ全てが実行力(!)という面白い結果に。

資質に関する説明をしながら納得は出来るのだけど、いまいち深まらない。

そこで、自分をよく知る人(今回は彼)とお互いの資質を読み上げあって感じたことをゆるく語り合う。新しい発見があったり、自分では当たり前だと思って居た取り組みや思考プロセスが誰にでもあるわけじゃないことに気付いたりする。

 

①の何が自分を殺すかを知る、というのもそこから出てきた着想で、その強み故の失敗体験も振り返ってみる。と、全て表裏一体であることを感じる。

 

強み弱みを知ることで、自分はやっちゃいけない戦い方を知ったり、成功パターンや思考の切り口などを見出すことが出来る。

 

前職で支援職がうまく行って居た理由が資質に由来し、うまく行かなかった局面もまた下位資質を使うような自分にあわない戦い方をしていたことが要因だったり。

最終的に、資質よりも大切なのは想いである、という結論に自分では至ったのだけど笑

そうはいっても、楽しく自分の才能を活かして生きるためには知っておいた方が良いものだなと。

 

 

山羊座は2020年が大爆発の年で、今年はその準備のとしになるみたいなんだ。

だから少しずつ、しなくていい努力や考えなくていい悩みは捨てていこうと思う。

自分のために動いていきたいなと思う元旦でした。

 

まだ出会っていない様々な人、物事に期待しつつ

今周りにいる運命の人たちとの時間を大切にしていきたい次第でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人の役割についての考察

 

「そんな見た目で卒業式には出さないからな」

中学校の卒業式前日、私は制服のスカートの丈と化粧を理由に、輪になった教師10人に囲まれていた。体育館に、西日がさしていて、教師たちの顔が黒く光って見えた。

 

自分なりに妥協して長くしたスカート丈は、その輪の中にいる教師ひとりに「これくらいならセーフ」と言われたものだったけれど、どうやら他の教師の眼鏡には敵わなかったらしい。それを言った50代の女性教師は、申し訳なさそうに、何も言わず、床を見ていた。

 

中学校の教師から言われた言葉と共に、10年以上たった今も鮮明にその場面が思い出せる。今でも教師という職業にアレルギーがある。子どもの頃の記憶を忘れ、鈍化した感性のままで生きている大人が、少なからずいる。

 

自然と触れ合う自由な雰囲気の保育園を卒業した私にとって、たくさんの意味不明なルールやテストの点で序列がつく学校は異次元だった。

 

 

小さい頃の私は落ち着きがなく、小児喘息を患っていて、体が弱かったのでしょっちゅう入院していた。休みの間に抜け落ちた知識を授業の中で取り戻すのは、簡単なことではなく、いつも教科書に落書きをして時間がすぎるのを待っていた記憶がある。

 

つらい、さみしい、とか、素直に伝えることを学ぶ機会に恵まれなかったのか、それを習得できていなかったわたしは、中学校に入ると勉強だけでなく人間関係もうまくいかなかった。今思えば子ども同士のトラブルで済ませられないこともあったけれど、気付いて助けてくれた大人はいなかった。

 

やけくそになった私は、学年で1番下の成績を這いながら、好きだった香水やメイクをこれでもかと施して登校していた。田舎で相貌は異常に目立っていたのだろう、教師から多くの小言を言われたけれど、私はやめなかった。やめたら、自分のアイデンティティを失う気がしたから。

 

事態を変えるきっかけとなったのは、高校受験を控えた3年生の夏の3者面談で教師から言われた一言だった。出席日数、学力ともに基準を満たしておらず、公立では行ける高校がないだろう、とのことだった。

先生から見せられた高校のパンフレットには、見たこともない土地の高校ばかりで、

他人事のように、そりゃそうだろうな、と思ったが、親はその時初めてことの深刻さを知り、私はまるでついていけていなかった集団の塾から個別サポート型の個人塾に通うことになった。

新しい塾に対して期待もしていなかったし、どの高校でも、ここから出ていけるならばどこでもよかった。

 

ところが、個別の学習塾に通うようになって、わたしの人生の方向は大きく変わったのだった。学力が、信じられない勢いで伸びたのだ。担当だった先生に恋をした古文は、10点代だった試験の成績が2週間で100点になった。

 

集団授業では集中力を保つことが難しかった私には、好きな時に質問できて、個室で勉強できる環境が合っていたことが大きな要素だったようだ。

 

だけど、1番嬉しく、やる気を起こしてくれたのは、わたしを平等に扱い、出来た時にはともに喜び、わからない時は根気強く教えてくれる、信じてくれる先生がいたことだった。

 

たくさんおしゃべりをした。多くは大学生や大学院生で、大人の友達ができた気分だった。「校則が厳しいのが嫌なら、○○を目指せば?狙えると思うよ」そう言ってくれたのも、塾の先生だった。

塾が楽しくて通っているうちに、気付けば季節は夏からあっという間に冬になっていて、私はついに受験シーズンを迎えた。

 

当時の学力からは高い目標だった志望校には、内申点と面接のみで審査される前期試験、テストのみの後期試験があった。前期試験で既に不合格通知を受け取っていた私には後がなかったのだ。

当日のことは、記憶が抜け落ちたようにもう思い出せないが、その前日まで自習室で勉強をしていたこと、合格発表の日のことは覚えている。

 

数週間後、試験結果を見て、ぼーっとしていた私に、夕方近くになって塾長から電話が入った。

「おい!  結果は!  どうだったんだ!」

「あの、合格しました」

そう、私は志望校に合格していたのだった。

電話の向こうで、塾長はすごく喜んでいた。そして、もっと早く言えよ、とも言っていた。私はその時に初めて、自分に期待して、待っててくれた人がいたことに気付いた。

 

もうその高校を卒業してから10年が経つ。

私は大学に進学し、新卒で入った会社で、それなりに社会人をしていたけど、

やっぱり組織に馴染めなくて、新しい生活を始めようとしている。

 

先週、高校時代の友達とクリスマス会をした。 

同級生の子どもと遊びながら、小さくても色々考えてるんだろうなぁと想像する。

あの頃の大人たちが教育システムが完璧でなかったこともわかる年になった。だけど、やっぱり子どもだった頃の記憶を無くした大人にはなりたくないと思う。

 

信じる姿勢を持つ、子ども相手でも約束は必ず守る大人になりたい。

学校でも、家庭でもない場所で、あの頃の自分のような子に出会った時のために。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neither ネギタマネギ

「私、ねぎも、玉ねぎも食べれない」と、勇気を出して伝えた。

手に汗を握るほどではないけど、5秒くらい、本気で伝えるか迷った。

 

日曜日の15時を過ぎた時間、海岸線を歩いて、20分。

12月だというのにその日は小春日和で、歩いていると汗ばむ。

観光地であるこの町にあるその小さな通りは、歩いていると誰も気付かないような

砂利道の奥に、趣のあるカフェや小さなケーキ屋さんが連なる。

その通りにあるひとつのお店に、近所に住む友人と待ち合わせて来ていた。

 

古民家を改装したその店は、いろいろな種類のベーグルを売るお店で、

お洒落で素朴なその店内に10名ほど食事ができる席がある。

キッチン、カウンターどちらも女性ひとりづつで運営していて、こじんまりとした店だ。

 

お昼どきも過ぎたその時間は店内もまばらで、

親切な店員さんがちょうどランチの時間が終わったところだが、お腹が空いているようであればランチプレートも用意できると言ったので、お言葉に甘える。

 

ベーグルにしらすと岩のりを挟んだサンドとスモークチキンのサンドはどちらも魅力的で、しばらく考えたあとに友人と私はどちらも頼んでシェアすることにしたが、ここでも店員さんは親切で、ここでも半分づつ切ってプレートにして出しますよと言ってくれた。

 

私は、メニューにのった写真を見てさっきから一抹の不安を抱えていることを言いだすべきかどうか迷っていた。

しらすのサンドには私の苦手な青ネギが、スモークサンドにはもっと苦手な玉ねぎが入っている。シェアするということは、私のだけでなく友人のベーグルからも抜くことになる。

 

つまり、もし店員さんに抜きにしてということをすれば、人によってはかなり重要な脇役である青ネギあるいは玉ねぎ抜きを、友人に我慢させることになるのだ。

 

人によってはそんなのとっとといえばいいじゃないかと思うかもしれないが、そういう小さな出来事ひとつとっても、心の癖というものはありとあらゆる場所で顔を出すものだと思う。

 

昔から自分の素直な感情、特に嫌いとか怒り、悲しみといったネガティブな気持ちを表現することには極端な苦手意識があり、外にだす前にその感情に蓋をしていた。

 

今思えば、素直に「構ってほしい」「寂しい」と言えた方が、怒ったような顔でブスッとしたり、気をひくためにしょうもない小さな嘘をつくよりもずっと良い方法なのだが、子どもはその時に周りの大人の反応や子ども社会の中の立場の変化で、時に誤った学習をし、それを大人になるまで繰り返し続ける、ということは良くあることだと思う。

 

素直な気持ちが言えない故に微妙な心境になることは大人になってからの方が多いかもしれない。

 

家族や恋人相手に本当は「大切にしてほしい」ということが言えずに攻撃的になったり、

その場では笑って流したけど後から失礼なことを言われていたと思い直してあの時怒るべきだったとモヤモヤしたり、

大人数でケーキやお菓子を選ぶ時に、本当はひとつしかないチョコレートケーキがほしいのに、「私は残ったのでいいよ」と言ってしまって、残ったお菓子を食べながらなんだか切ない気持ちになることは、誰にでも経験があることなのかもしれない。

 

人には拘りたい部分とどうでも良い部分があって、なんでもいいよと相手の気持ちの尊重をすることは思いやりと言い換えることができるかもしれない。

だけど、そのどちらなのかわからないままその時の自分の気持ちを無視して歩み続けると、ある日、自分の欲求センサー自体が鈍感になって、人生レベルで自分がどうしたいのかわからなくなる時が、くるんじゃないかと思う。

 

幼い頃に自分の素直な気持ちを出したけど受け入れてもらえなかった経験があるとか、

そもそも自分の素直な感情表現ができない、学べない環境にいたとか、

人それぞれ原因は違うと思うが、大切なのはそんな自分の心の癖が生きづらくなっている要因かもしれないと気付いた瞬間から、意図してどんなに小さな感情でも気付いて表現をすることだ。

 

 

「私、ねぎも、玉ねぎも食べれない」

とうとう店員さんに注文する時になって言い出した私に友人は、

「あ、私も玉ねぎ食べれない。でも、青ネギは食べたいかなぁ」と友人なりの好き、嫌いをさらっと表明した。

それを受けて店員さんは、「じゃあどちらも抜きにして作ってから、片方に青ネギを入れますよ」と先ほどと変わらぬ親切な笑顔で去っていった。

 

 

人の心は、目に見えないし、形もない。自分で形作らないと、相手には見えない。

好きと嫌いを言葉に、行動に、態度に表していくということは、目の前にいる相手に影響を与えるということでもあり、信頼して飛び込んでいくということでもあると思う。

 

それが跳ね除けられた時に受ける傷を思うと怖いけど、自分の心の形が自分でわからないことの方が、怖いことなのだと思うようになった。

 

手間をかけてくれたからか少し遅れて出てきたベーグルサンドはすごく美味しくて、お土産用にいくつも買ってから、私は友人と別れたのだった。

 

 

 

 

 

 

平成最後の年にやり残したことがないように私がしたこと

2年前の年末にした歯のホワイトニングは、結果的にすごく幸福度を高めてくれたので本当にやって良かったと今も思う。

 

歯医者さんでマウスピースを作ったらアマゾンで薬剤を購入し、注射器のような形状に入っている薬剤をマウスピースに注入、後はマウスピースをはめて数時間いつも通り家で過ごすだけ。

 

歯の横じみがずっとコンプレックスでいつかやりたいと思っていたホワイトニングは15000円程度でできるのに、日常生活の中の「笑う」という行為と、写真撮影時の笑顔を3段ほど底上げしてくれた。

 

日常生活の中には、

「やらなきゃいけないこと」

「なるべく早くやりたいこと」

「時間があれば、あるいはいつかはやりたいこと」

があって、だいたい私たちの生活はやらなきゃいけないことや、本当にやりたいのかわからないけどついやってしまうこと(飲み会とかSNSとか)で溢れているように思う。

 

かく言う私もその一人で、先日読んだ書籍で興味深い内容があったので、今日はその話をしてみたい。

 

「誘惑に弱くやるべきことを先延ばしにしてしまう人は、近い未来(今)のことは具体的に想像することができるが、少し遠い未来(3日後とか1週間後)のことは抽象的にしか捉えられない傾向がある」

 

つまり、目の前にある誘惑ははっきりと手にとって見えるが、少し先の未来に向かってやるべきことはぼんやり曖昧になり、それ故に短期的な報酬である誘惑に負けてしまうと言うことだ。

 

ギクッとしたのは言うまでもなく、同時に、未来の目標や願望を叶えるためには、

そこに立っている自分、その匂い、その光景までも、生々しい程に明確なビジョンを持てと言われる所以がわかったような気がした。

 

冒頭のホワイトニングのエピソードは、1年くらいはやりたいと思いながら先延ばししていたことに対して、「今年中にやりきりたいこと」として、急に具体的なイメージに近づいた故叶った小さな願望の話。

 

だが、締め切りを自ら作る方法以外にも身近な誘惑に負けずに本当に自分のためになる「やりたいこと」を生活の中でやっていく方法はあると思う。

 

それはなんとなく頭の中に抽象的にあるやろうと思っていることを具体化することで、

やりたいことリストあるいはやらなきゃいけないことリストに近いものがある。

 

そんなこと知ってるよ、と記事を閉じるのはもう少し待っていただきたい。

元々元来の先延ばし気質がある私は、監視がないとサボってしまう自制心の弱さを自覚している。未来の自分の幸せよりも今の誘惑に負けがちなところがある。

 

先述した通り、今と未来の時間の感覚に大きなギャップがあり、それが積み重なって自分の不利益になると言うことを嫌と言うほど経験してきたのだ。

 

だから、やりたいことリストだけでは実際にやりきることが出来ない。

なぜなら、そもそもそれにどの程度の時間がかかるかの想定が出来ないからだ。

 

大切なのは、そこに時間軸を足すことであり、開始、終了時間が明確であること、

出来なかった場合に翌日以降に修正がきくと言うことだ。

私は、某大手検索エンジン社の手がけるデジタルカレンダーを無料で有効活用することに決めた。

 

特に決まった定時のある仕事についていない今、朝目が冷めてから午前中何をするのかと言うことは非常に抽象的である。良く言えば自由。悪く言えばいくらでもサボれてしまう。

 

 

しかしこれを8:00起床、8:30朝食とすれば、自ずと目が覚めてからスマホを見てゴロゴロ…と言う時間が短縮できる。

 

同じように休日であれば9:00〜洗濯機を回すと設定をしておけば、たとえ朝食に時間がかかって9:15開始になってしまったとしてもその時間まだ朝食のテーブルで対して興味のないテレビをだらだらと見ることがなくなる。「予定」に対して遅延している意識が生まれるからだ。

 

ここまでする必要のないテキパキとした人からすると、あるいは休日くらい思う存分時間を気にせずだらだらしたい人にとっては無駄な行為に思えるかもしれないが、

折角の休日にスマホゲームやマンガで意図に反して時間を使い「何してたんだろ…」と落ち込むタイプの人は、こうした「予定の枠組み」を作ることが助けとなるかもしれない。

 

現に、このカレンダーによる予定管理は大きく功を奏することとなった。

あらかじめ月末に1ヶ月後の目標を決めてそれを週ごとに落とし込んだ目標を大まかに決めることで、ぼんやりとやりたいと思っていたことが具体的な目標になり、

週末に土日のカレンダーの内容を細かく設定しておくことで(格安SIMの契約をする、とかあるいはライティングゼミの課題の取り組む、とか)、充実した、かつ達成感の持てる時間の過ごし方になる可能性が高い。

 

 

平成元年に生まれた私は、平成最後の年末にやり残したことを作らないよう、

毎日自分の過ごし方がこれで良いのかこのカレンダーを見て振り返るようにしている。

今の所、抜群に効果がある。

 

 

 

 

 

自信が無くても良くないですか?

「俺(私)、自信ないんだよね」と話す人に会うことがたまにある。

まるで自信がないことがその人の人生の足かせにでもなっているように。

一方で「自信があっていいな」「自信過剰だよね」等、自信という言葉はいつもそれがあるかないかで人生が順風満帆にいくかどうかの使い方をされることが多いように思う。

 

そういう人に出会った時、私はいつも過去の自分を思い出す。

ちなみに、過去の話をしたからといって、今の私が自信満々な訳ではない。

だけど、前よりもずっと自分のことが好きになっているとは言えると思う。

何が変わったのかと言えば、ひとつの言葉に出会って、今まで見えなかった景色が見えるようになった、という表現が正しいと思う。

 

20代の最後の年に差し掛かるまでのほとんどの時間、どうしたらもっと自分に自信を持って生きれるかを考えることに時間を費やしてきた。

考えざるを得ないほどに、私は私のことをどうしても好きになれなかった。

 

過去を思い返すと、学生時代のうまく行かなかった事ばかり思い出すし、逆にうまく行ったことはよく思い出せない。社会人になってからも自分の仕事のパフォーマンスに自信が持てず、上司との面談では、いつも「自信がないよね」と言われ、「そうなんです……」と小さくなっていた。

 

色々な人が「自信を持ちなよ」と言ってくれるのだけど、ちっとも響かない。

それどころか、褒めてられると「どうせ褒めるところがないからそう言ってくれてるんだ」と卑屈に受け止め、逆に指摘されたことに関しては100倍くらいの重さで受け止める。元々物事の受け止めかたにかなり偏りがあったことが、今なら理解できる。

 

どう見えているか過剰に気にしてしまったり、人との比較をして自分にないものを探す癖が付いているから、人と会うととても疲れる。いつからか、私は気軽に人と会うことを嫌うようになって行った。自意識過剰だということもわかっていながら自分のことばかり気にする自分も嫌いだった私は、いつもこう考えていた。

 

自信があれば。

自信があれば自分を受け入れられるのに。自分を受け入れられれば人と比較しなくなるのに。

 

だけど。

 

正直、自信という言葉に疲れていた。

今まで色々考えても、本を読んでも、何かにたくさんチャレンジしても手に入らなかったものについて考え続けることにも。

本当に自分を受け入れるということは、自信がない自分でも良いと思えることだ。

頭では理解している。けれど、心がそうは反応しない。 

そういう状態が長らく続いた後、ストレスで5年続けた仕事を休職。

失意の底にいる時、たまたまツイッターでみた呟きの一つだった。

 

「自分の好きになれない部分の、自分に良い影響を与えてくれた、あるいは価値があると思える側面を考えてみると良い」と。

 

たったこれだけ。なのに、私には目から鱗が落ちる思いだった。

自分の嫌いなところの良いところ?

 

自信が持てないところ。

人の目を気にしすぎるところ。

不安が強いところ。

その癖協調性がなく、落ち着きもないところ。

 

自信が持てない故、いつでも自分はこれで良いのか?と向上心を持てた。

人の目を気にしすぎる故、人の表情や目線の変化に気付くサービス業が向いていた。

不安が強いが故、重要な決断が必要な場面で迂闊な判断をして失敗したことがなかった。

協調性がなく皆と同じことをするのが嫌だから、人が思いつかないアイディアを出すことが出来た。

 

そういう風に、自分の短所と思っていた部分に一つ一つ光を当てていく。

私をここまで運んできてくれたのは、自分が短所だと思っていたところだったのだということに気付く。

 

今まで、自分は常に何かが足りないと思いながら生きてきた。

足りていないものを手に入れれば完璧になれると思っていたけど、ないものを掲げて人と比べると永遠に不足に苦しんで生きていくことになる。

だからこそ、今持っているものに光を当ててみることが必要なのだと思う。

そこには、自分しか持っていないものが、気付いてもらえるのを待っていたりする。

 

だから、「自分に自信がない」と悩んでいる人に今の私はあえて言いたい。

自信がないことの負の側面はある。だけど、自信がないことの良い側面もある、と。

 

苦手分野やコンプレックスは誰にでもあるし、それを解消するために努力した結果それを克服することは素晴らしいことだと思う。

一方で、人の苦手なことやコンプレックスは時にその人自身の魅力となる時もある。

 

自分について無駄に考えた時間とエネルギーがあれば、この年になるまでに何ができただろう。そう思いながらも、この経験をしていなければ語れない薄暗さがことがあると信じている。

 

自分自身の影の部分に光を当ててみて、本当は愛すべき可愛さじゃないかどうか、

見返してみてほしい。

より良い自分になりたくて必死に頑張ってきたもうひとりの自分が変わる必要が本当にあることなんて、そんなにないのだと私は思っている。